2004年ともえの旅(ウィーン)…フォルクス・オーパーと美術館

今回の旅の最大の目的、フォルクスオーパーの『蝶々夫人』は5月21日(金)に行って来ました。
2階の正面、MITTELOGEでの鑑賞はとても見やすくて、音も良く、王侯気分でした。
ちょうど正面玄関に着いた頃から、しとしと雨が降り始めていました。

演目はもちろんプッチーニ作曲の『蝶々夫人』。
ただし、この公演は現行版ではなく、多くの部分を初演版、ブレッシャ版から取ったフォルクス・オーパー独自の物です。
開幕前から演出が話題を呼んでいたのですが、確かにかなり大胆な演出でした。
舞台は1幕は「日本博物館」、2幕は「プッチーニ博物館」という設定で、黙り役のプッチーニのヒロインたちが登場したり、プッチーニ本人がそれを見守るという趣向だったり。一番、問題を提起していたのが最後の自害の場面で、自殺を放棄した蝶々さんを周りのアメリカ人観光客が寄ってたかって刺し殺してしまうという場面でした。
主体性のある蝶々さんというのは、今までの普通の蝶々さん像からは大きく隔たり、、非常に抵抗の大きな設定だといえるでしょうね。ピンカートン等アメリカ人の横暴さが強調された初演版を、ここで集約的に反映させたとも取れます。
私もあの終幕は非常に抵抗がありましたが、その違和感が向かう先を知的にぼかしたのも、あるいは演出家の巧みさかもしれません。終幕で呆然とした観客が我に返って考え始めた時に、何か発見があるかもしれないという、巧緻な演出だったと考えたいです。

蝶々さんの衣装は準日本風というのではないけれど、違和感のない物でした。
2幕では白の着物と袴のセットで、血のりを使うために、洗い流せる生地でまったく同じ衣装を用意して、途中で着替えるという凝りようで、見た目はほとんどわからないのですが感心しました。
合唱や脇役などは、博物館の観客を兼ねていてちょっと近代風の衣服です。

演出には厳しい意見もありましたが、タイトルロールの岡崎他加子さんには、熱狂的な拍手と歓声が送られました。
シュターツオーパーよりも醒めた観客が多いと言われるフォルクスオーパーで、これはとても珍しいことなのだそうです。

  フォルクスオーパーの劇場内。
舞台緞帳と客席。
魔笛の舞台をイメージしたといわれる緞帳が、開演前の雰囲気をいやが応にも盛り上げます。
  LOGEと呼ばれるボックス席の右翼部分。
フォルクスオーパーはヨーロッパの伝統的な馬蹄型の構造です。
これは舞台を見るより客席どうしを眺めるのに都合が良い形かもしれません。
舞台に近い方は、一部舞台が見えないお席もあるようです。
舞台に正対する MITTELOGE はロイヤルボックスとも言うべき最高席で、正面から音が飛んできて、客席もすべて見渡せます。大きな劇場では舞台まで遠いことが難点ですが、フォルクスオーパーくらいの規模なら最高です。
  ロビーとして使われている2階のお部屋。
飲み物や軽食が供されています。
  この日は夕方から断続的に雨が降っていて、写真左手の扉からバルコニーへ出て行く人が少なく、室内はかなり混み合っていました。


終演後は近くのカフェで遅くまで打ち上げ会に参加させていただき、翌日からはウィーン市内の美術館やカフェを廻って楽しみました。
22日を境にウィーンは急に気温が下がり、夏のようだった気候が一気に冬に逆戻りという感じでした。やはり、内陸性の気候は気候の変化が激しいようです。街中で見かける観光客も、半袖のTシャツの上にコートを引っかけて、それでも寒そうでした。
時折、雨に降られたりもしましたが、それもまた楽しい想い出で、飛び込んだカフェで飲んだコーヒーの温かさがうれしかったです。

美術館は、欲張らずにアルベルティーナ美術館と美術史美術館のみ。
アルベルティーナはオペラ座の近くにあって足の便が良い立地です。現代絵画や写真展もよく催されているようです。
しかし、何と言っても、美術史美術館がすばらしかったです。ハプスブルク帝国のコレクションを収蔵しているだけに、すばらしい質と量を誇っていますが、建築や内部装飾も一見の価値があります。広大なスペースに画家ごとの展示室がたくさん並び、とても1日では全部を見て廻ることは出来ないほどです。
内部には2階のほぼ中央にカフェがあって鑑賞の合間に食事や飲み物を取ったり休んだり出来ます。また、各室には中央にベンチソファが置かれていて、気に入った絵の前に座ってゆっくり楽しむことも出来ます。
かなりの人が入っていたはずですが、どの部屋でも人がいっぱいという感じはまったくなく、マイペースで鑑賞を楽しめたことは、何よりうれしかったです。日本で展示会などに行くと列を作って並ばなければいけなかったり、お目当ての絵の前では立ち止まることさえ許されなかったりということが多いですが、ここでの鑑賞は、まさに王侯貴族並みのゆったりペースで楽しめるのがありがたいです。
ブリューゲル(父)、カラヴァッジョ、ベラスケスなど、好きな画家の絵だけを選んであとは素通りに近いという贅沢な見方をしたのですが、それでも半日があっという間に経ってしまいました。フェルメールはちょうど日本に貸し出されている時期でしたので、見ることが出来ず、残念でした。

これまで、それほど美術館経験のなかった主人も、ゆったりとした時間の中で贅沢な作品群を見て廻り、私の素人解説がかえって面白かったのか、すっかり美術づいてしまいました。帰国後、急に美術関連のTV放送を見るようになったり、私との趣味の重なりが、また多くなってきました。
人生も折り返し地点を過ぎた夫婦にとって、これは、なかなか素敵なことです。(^^)

     
アルベルティーナ美術館正面入り口  夜の市庁舎。
 まるでお城みたいですね。


ウィーンは本当に不思議な街です。
長く栄華を極めたハプスブルク帝国の都だった街ですから、その勢力圏の地方や、婚姻などで関係を強めた国の文化を次々と吸収していったのでしょう。建築、美術、音楽、料理など、あらゆるものにその痕跡が見つけられます。
しかし、貪欲な支配でもなく、丸ごとそのまま受け入れるわけでももなく、鷹揚かつ自在な取り入れ方だと思いました。
結果として、何を取り入れても決してウィーンの空気を崩さないのですが、その品の良さとしたたかさが微妙なバランスを保っているのですね。西欧と東欧の狭間で独自のセンスで生き抜いてきたハプスブルクのあり方に通じるものが感じられます。
しゃんと背筋が伸びていて、自分の立っている足許を自覚し、その上で相手との距離をうまく測ってつき合ってくれるのがウィーンの街とウィーンの人なのではないかと思いました。あたたかく、でも、べたつかない関係、それを心地よく感じる人は、この街の虜になってしまうのですね。

2005年4月から、フォルクスオーパーの蝶々夫人が再演されます。岡崎他加子さんは今度はAキャストで、4月の5公演すべてに出演される予定です。私たち夫婦もまたウィーンに出かけることになりそうです。



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