第二幕:炎のハプニング------火がついた!
本物の火を使うことはオペラの舞台ではけっこうあります。 日本では消防法の規定が大変厳しいので、戦前から、火がついたというハプニングはあまりないようですが、不燃加工、防炎加工が普及する前の海外のオペラでは時折聞くお話でした。 |
●たぶん1973年、ウィーンでのこと。 ドミンゴがカヴァラドッシ、パスカリスがスカルピアの公演でのこと。 当時ソ連では舞台で本物の火を使うことが許されていなかったため、 ヴィシネフスカヤのトスカの衣装とかつらには不燃加工がほどこされていなかった。 が、西側では本物の火、不燃加工はあたりまえのこと。 第2幕、スカルピアを刺して、死に瀕している彼のまわりをウロウロしている時、突然女性の悲鳴が。 続いて殺されたばかりのスカルピアが飛び起きて、「火事!火事だ!」とトスカをひき倒す。 見るとナイロン製のかつらに蝋燭の火が!! あわててかつらをひきはがしてそこで幕。 両手の爪は焼け、ひどいやけどに包帯を巻いたまま、気丈な彼女は3幕を歌ったそうです。 ドミンゴは「おおやさしいこの手」と包帯だらけの手をとって歌うとき、本物の涙を流していたとか。 ・・・ヴィシネフスカヤの自伝(『ガリーナ自伝』みすず書房 1987)から |
●「1960年台後半、殺した後、トスカが死体の両脇に立てたろうそくが、 スカルピアのカツラに火をつけたということもあったそうです。 |
●1965年のコヴェント・ガーデン。マリア・カラスのかつらにロウソクの火がついてしまい、 ティト・ゴッビが舞台の上で消し止めました。 相手役のゴッビが火のついた時の話をインタビューで話をしています。 (LD、『愛と情熱のプリマ』より) ***** その朝電話でカラスは言ってきた。 「ティト、今日は調子がよくないわ。気分がのらないの。 考えがあって、いつもと変えたい。うまく合わせてね。がらりと変えるわ、反対に動いたり・・・」 彼女はテーブルのそばで、私は机のそばで歌った。 彼女はろうそくの方に身体を反らせ、かつらのカールの房が火をかすめた。 私も近眼だが、ほのかに見えた。彼女の背後で煙りがゆらめくのが・・・ 私は歌いながらさり気なく近付いていって見ると、まさに火がついたところだった。 もしあと数秒遅れたら大変な惨事になっていた。 私は手で火を消した。トスカを撫でる手で。 彼女ははねつけた。いかにもスカルピアを嫌っているかのように。 彼女は歌い続けたが、合間に「ありがとう」。・・・私を待っていたのだ! ***** 火がついても演技を続け、相手を信頼して演技の中で処理した二人の 息のあったプロ根性は、まったくすばらしいの一言につきますね。 |